『ひきこもりのそとこもり』ひきこもり猟師物語

ひきこもりが 生きる場所を探す物語を ここに残していく。

4話 いまだ帰らぬ片足

その夜、ヒキコは口をアワアワと開閉させて固まっていた。

寝ぼけ眼をこすりながら便所から寝床に帰る途中の

視線の先、月明かりに照らされたそこには

 

〝買ったばかりの靴下〟の片側が独りでに床を這っていた。

 

 

 

「な、なんなんだ!夢か、明晰夢か?!」

この感覚には覚えがあった、

 

 

ーそれはヒキコが幼少期、おそらく4歳ごろの記憶ー

 

父と毋がタバコを吸うために

居間から台所へとドアの向こうに消えていく。

 

そして僕の興味は、触ろうとすると怒られていた提灯に向いた。

伸ばせばギリギリ届く距離、魔導通信機の上に掛っていた。

 

ここぞとばかりに手を伸ばした。

「わ!」

触れた勢いで床に落下してしまった…

その瞬間、紙製の提灯は軽快な音を立ててその場で跳ねた

慌てて後ずさる。

 

しかし提灯は更に高く跳ね、ランダムにふらふらと、

しかしゆっくりと自分に近づいてきた。

 

「わあああああ!!!助けて!!たすけて!!!」

台所に続く引き戸を引っ張る。

 

開かない。

鍵もないのに開かなかった、

模様のついたガラス戸がガシャガシャと音を立てるだけで

隙間も開かない。でも父と母が談笑する声が聞こえてくる。

 

その間にもゆっくりと距離を詰めてくる提灯。

 

わあああああ、、、、

扉に崩れ落ちた自分。

 

その時扉がスライドした。

父と母がタバコを吸い終わり帰ってきたのだった。

 

すぐに振り返り、提灯を指差したが、

提灯は部屋の真ん中にくしゃっと潰れて転がっていた。

 

 

ーそんな記憶ー

 

 

そんな記憶を呼び起こされながらも、ヒキコはソレに声をかけた

「ね、ねえ…」

 

すると玄関の方にヨジヨジと這っていた靴下がピタリと止まった。

 

すうーんとかすかにかま首を上げたように見えたソレは答えた。

 靴下「ん?」

渋い声だった

 靴下「ああーあ、初めてかなあ、俺が」

 

「ちょっと頭がパニックなんだけど、どうなっているのです?」

 靴下「知らない方がいいんでないのかい」

 

「いや、いや!ソレ!…というかあなたは僕の靴下だよね!

知る権利がありそうだし!」

 

 靴下「知りたいか?話してやってもいいが、俺をこのまま行かせてくれ」

「…わかった、話してほしい」

 

靴下は月明かりの照らす廊下の端っこに寄りかかった。

 靴下「薄々気がついてると思うが、俺たちの片方はお前の前から消えるだろう?」

 

確かにタンスに入れても、

洗濯干しに干しても見事なまでに片方がなくなってしまう。

そんな現象がヒキコを悩ませていた。

だからいつも左右違う柄の靴下を履くことになり、

いつしか靴下さえもあまり履かなくなっていた。

 

 靴下「いつからだと思う?」

 

「よくは覚えてないけど、20になった時くらいからかな…」

 靴下「ああ、その頃くらいだな」

   「俺たちはお前の踏み出せなかったことを代わりに踏み出す」

 

「ん?どういうこと?」

 靴下「臆病者の主人のために俺たちは行くんだ」

   「俺たちは帰らない、だがお前のためなのさ」

 

 

「意味が…わからないんだ」

  靴下「つまりお前が行き詰まった時、俺たちが代わりに旅に出るのさ

    そして、その経験は寝ているお前の夢に反映される」

 

「…」

  靴下「お前は自分が無くしたと思っているみたいだがー…

    実は違う、俺たちが望んだことなんだ

    お前は一人じゃない、俺たちもお前と進んでる、歩いてるんだ」

    

ヒキコは涙を流していた、

3分余りの時間がすごく長い時間に思えていた。

  

   靴下「おっと…じゃあな

      もう行かなきゃいけねえ、おやすみな」

 

わかっていた気がする、玄関から這っていく靴下を僕は黙って見送った。 

 

4話 ーいまだ帰らぬ片足ー 完